本日より幸せ日記をつけることにしました。
ちなみに、私は、心の自由、時間の自由、経済の自由を得たいと思います。
理想と現実の狭間で、悪戦苦闘の毎日ですが、日々感じたことを反省も含め記録していきたいと思います。
私の今の仕事は、より多くの方に幸せであり続けていただく事を願い、経営支援をさせていただいています。
なぜこの仕事を選んだかお話します。
私の専門は、機械工学です。
若いときは、収入よりも面白い仕事、創造的な仕事、新しいことが勉強できる仕事がしたいと思っていました。人を殺傷するような武器を作る仕事だけはしたくないとも思っていました。
そんなこともあり、20代、30代の主な仕事は工作機械設計開発、半導体製造関連装置開発、核融合炉関連装置開発、高度映像(ハイビジョン)関連装置開発、マイクロマシン研究開発、大学の非常勤講師などそれなりに面白い仕事をしてきたなと思います。仕事はハード(残業だけでほぼ毎月100時間から150時間で最高250時間ぐらいやりました)でしたが、すごく楽しかったです。君たちは金の卵だと言われたこともあります。この過程で、社長表彰を4回もいただきました。
今思うと、このころの私は、少し自信過剰気味だったと思います。
40代になると、社長じきじきに呼ばれ「何をしていても良い、会社の中を回って、課題を見つけ改善するように」と言われ、経営企画室に移籍しました。
経営企画室では、基幹システムの入れ替え、目標活動や改善活動の導入、原価管理システムの構築、会計監査応対、電算システムの運用など、R&D部門では経験できない、あらゆる部門の仕事にかかわりました。
ここで、今までの私は「単なるお宅(自己中)」でしかなかったことに気がつきました。会社には、いろいろな価値観の人がそこで活動している現実が見えてきました。
会社人間としての最後の仕事は、ISO9001品質マネジメントシステムの導入でした。本来は品質保証部が担当するケースが多いと思いますが、我々は経営を良くするという観点から導入に踏み切りました。
その過程で、今まで上から「やらされる」と言う意識が強かった社員の皆が、会社を良くするために「自らやろう」という意識に変わったことに気がつきました。
いままで、いろいろなコンサルの方に来ていただき、セミナーや支援をしていただきましたが、いまいち効果を実感できなかったのが、ISO9001品質マネジメントシステムの導入で、会社の文化が「他責」から「自責」に変わり、かつすべての会社のプロセスが繋がったという効果を実感できました。
この経験を生かし、この感動を、より多くの方たちにも味わっていただきたいという思いが日々強くなり、とうとう独立してしまったわけです。
そればかりではなく、猛烈社員で今まで限りなく家族にはご迷惑をかけたので、家庭のことに少し時間ができればいいな、という思いもありました。
今、ご支援先の皆様のたくさんの笑顔をいただき、やりがいと充実感を体験しています。
これから、「幸せであり続ける」ための旅日記をスタートします。
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